台湾は民主を守れるか――カギを握るのは若者:Newsweek

投稿日 :2019年9月27日

台湾は民主を守れるか――カギを握るのは若者:Newsweek
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/09/post-13063.php
2019年9月27日(金)10時47分
遠藤誉(中国問題グローバル研究所所長)

ホンハイ創設者・郭台銘の総統選不出馬表明を受けて、蔡英文総統と野党・国民党の韓国諭氏との一騎打ちとなった。親中に傾くか否かのカギを握るのは若者層だ。香港デモの波紋とともに民意調査のデータを考察する。


民意調査が示すもの

9月16日夜、ホンハイ(鴻海)創設者の郭台銘(テリー・ゴウ)氏が、次期総統選に出馬しないことを表明した。それにより、今のところは民進党の蔡英文総統と野党・国民党の韓国諭(かん・こくゆ)(現職の高雄市市長)との一騎打ちとなりそうだ。

9月21日、台湾の聯合報が行った民意調査の結果が9月22日から23日にかけた真夜中に発表され、23日には中国の中央テレビ局CCTVでも、相当な時間を掛けて報道された。聯合報の見出しは「藍緑対決 蔡45% 韓33%」だ。「藍」は国民党を指し、「緑」は民進党を指す。

リンク先をご覧いただければわかるように二人の支持率は郭台銘の不出馬表明(9月16日夜)前後で、あまり変わっていない。蔡英文は44%(9月7日)から45%(9月21日)になり、韓国諭は前後の調査とも33%を保ち不変だ。

つまり郭台銘の不出馬表明は、選挙のゆくえにあまり大きな影響を与えなかったことになる。

では総統選の勝敗を分けるのは何かと言えば、「若者の意識」ということになろうか。

蔡英文の支持率は、2018年11月に行われた統一地方選挙で大敗してから一挙に15%にまで下落し、台湾総統に当選して以来、最悪の数字にまで下がっていた。このままではもう再選は難しいだろうと言われていたのだが、なんと今年6月13日の民進党指名選挙(総統選予備選挙)では圧倒的な大差で対立候補の頼清徳(2019年1月11日まで行政院長=首相)を破った。

そして一気に支持率38%(6月28日)にまで急上昇したのだが、その背景には香港デモがあった。

台湾から見れば「大陸」の習近平国家主席は2019年元旦、「台湾同胞に告ぐ」というスピーチをしたが、この時にこれまでの「92コンセンサス」から「一国二制度」を台湾にも適用すると宣言。

その「一国二制度」を実施している香港で、あれだけの激しいデモが起きたのだから、当然、独立傾向の強い蔡英文には追い風となる。

「今日の香港は明日の台湾」を標語に、若者を惹きつけた。

そして、どのようなことがあっても「一国二制度」には断固反対するというメッセージを染み渡らせた。香港の逃亡犯条例改正案に対しても、たとえ香港が改正しても、「逃亡犯を引き渡せとは言わない。逃亡犯など欲しくない。だから改正案には反対だ」という意思表明も忘れなかった。

こうして香港の若者と台湾の若者の共鳴も生み出している。


2020総統選は世代間対決

今年7月15日に台湾の国民党内の総統選予備選挙で韓国諭が勝利し、郭台銘が破れて国民党を離党したのだが、それを受けて台湾の多くのシンクタンクや調査会社などが民意調査をおこなった。その結果、総統選候補者に対する支持率には年齢が大きく影響していることが分かった。

それらの民意調査によれば、若年層(20歳から40歳までの選挙民)の韓国諭に対する支持率はわずか25.6%しかなく、50歳から59歳までの選挙民の韓国諭に対する支持率53.7%の半分以下であることが分かった。

一方では、親緑の(民進党側を支持する)「両岸政策協会」は総統選における蔡英文の支持率が45.9%で韓国諭への支持率が39%であるとしたうえで、「若年層の蔡英文に対する支持率は非常に高く、20歳から29歳の選挙民の60%が蔡英文を支持している。それに対して同年代の韓国諭への支持率はわずか30%でしかない」と発表している。

したがって総統選は、「世代間の対決になる」と両岸政策協会の王智盛秘書長は語っている。

聯合新聞網(網:ネット、ウェブサイト)を含む5つのネット民意調査会社はフェイスブックでの総統選に誰を投じるかを調査するため投票を呼び掛けたようだが、蔡英文が大きく韓国諭をリードしているという。一様に「蔡英文と韓国諭との差は、40%から80%に至る」というデータを出している。

もっとも、フェイスブックの調査であるならSNSは主として若者が使うメディアなので、蔡英文の支持度が高くなるのは当然の結果だろう。それでもなお、40歳以下は蔡英文優勢で、40歳以上は韓国諭優勢という結果が出ている。香港でも同じだが、熟年層になればなるほどビジネスを重んじて、親中へと傾く傾向にある。

ちなみに台北駐日経済文化代表処の情報によれば、台湾の有権者年齢別の人口構成は以下のようになっている。

 20-29歳:315万5,699人

 30-39歳:366万5,288人

 40-49歳:369万9,417人

 50-59歳:363万7,318人

 60-69歳:290万8,508人

 70-79歳:132万3,227人

 80-89歳:65万4,803人

 90歳以上:13万722人

(Taiwan Today:2018年11月23日)

選挙民の平均年齢は40.41歳(2016年12月末統計)と、ちょうど40歳だ。なお、統一地方選挙の選挙権年齢は20歳からだが、公民投票に関しては今後18歳に引き下げられるそうだ。

問題は実際の投票行動だ。若者はネットではすぐに意思表示するが、果たして投票場まで行くかというと、必ずしもそういうわけではない。


郭台銘を不出馬に追い込んだ嫌中ムード

しかし、台湾経済を復興させてくれるのではないかと期待が集まった郭台銘は、あまりに習近平に近すぎることから、不出馬にまで追い込まれている。彼が最初に総統選出馬の意思を表明した4月では、世界の注目が集まり、大きな変化が起きるのではないかと少なからぬ者が期待した。

ただ今年元旦に習近平が「台湾同胞に告ぐ」講和の中で、「92コンセンサス」から一歩踏み込んで台湾にも「一国二制度」を実行すると表明したことから、台湾の大陸に対する警戒と批判が高まっていた。そのような中で国民党に入党した郭台銘は北京に近すぎることから支持率が上がらず、5月1日には訪米してトランプ大統領に会っている。中華民国の国旗のワッペンを帽子に縫い付けたりなどのパフォーマンスを見せたが、支持率は上がっていない(トランプとの会談に関しては5月5日付コラム「トランプ大統領と会談した郭台銘・次期台湾総統候補の狙い」に書いた)。

結果、7月15日の党内予備選で韓国諭に敗れ、9月12日に国民党を離党した。

そんなことくらいでは人気の回復ができないほど、庶民の心は大陸(北京政府)から離れている。

香港デモを見て、非常な危機を感じているのだ。

習近平の「台湾同胞に告ぐ」講和は、裏目に出たのではないだろうか。

逃亡犯条例改正案を水面下で香港政府に勧めた狙いも裏目に出ている。

となれば、香港の若者だけでなく、台湾の若者もここで奮起するかもしれない。その志に期待したい。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。


[執筆者]遠藤 誉
中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。